イベントなどで使っているアンプ(ベリンガー A500)が壊れたので見てくれという依頼があった。使っている最中にスピーカーから音が出なくなった。それ以降使っていないとの事。そのときスピーカーも断線したらしい。
コンパクトだが重い(8.4Kg)筐体の上蓋を外すと、真ん中に大きなトロイダルコアの電源トランスが鎮座し、左右に放熱板付きの2つのパワーアンプが対称に配置されている。
パワーアンプは各々250Wの出力がありステレオとしても、2つを併せて500Wのモノラルアンプとしてもスイッチで切り替えて使えるそうだ。だが故障したときどのような状態で使っていたかは要領を得ない。
とりあえず回路図をネットで探すとともに、似たような故障事例を探したが事例は見つからない。たいていの場合定番の故障と修理報告がありそうなものだが、A500の事例は無い。
回路図を見ると、一見SEPP構成の普通のアンプに見えるが細かく見ると変な箇所がある。電源トランスに電圧の基準とする中点は無く、巻き線の2本の線はブリッジ整流されたあと低抵抗を経て上下の終段のパワートランジスタのエミッタへ接続されている。一方パワートランジスタのコレクタは接地されている!! 一般のSEPPと比べ終段のNPNとPNPトランジスタが逆に使われている。最も不思議な点はSEPPを構成するであろうパワートランジスタの出力がスピーカーに繋がっていない点だ。どうやって出力をスピーカへ渡している?
スピーカへ接続されているのは電源の正負に直列接続されている2個の平滑コンデンサの中点で、普通なら接地電圧であるべき所だ。スピーカへの接続のHOTとCOLDが逆転している?何という設計だ。 何だ、この回路は?こんな回路を過去に見た事もない。「変な家」の電子回路版か?
この回路の一番のメリットと考えられるのは終段のパワートランジスターのコレクタを(絶縁を考慮することなく)筐体に直接ネジ止めする事ができ、冷却効率が良い事だろう。 怖いのは終段の上下のトランジスタがストレートに繋がっている点で、バイアスのかけ方を間違ったり不注意で一瞬で吹っ飛んでしまう。その分パワーが取り出せるのだろう。
このアンプを500Wモノラルアンプとして使う場合はチャネルAのスピーカー出力をチャネルBの途中に逆位相で戻している。OPアンプ回路みたいな設計だが250Wのアンプでこれをやるか?
スピーカ端子の電圧を測定すると、左右分離のステレオモードではチャネルBがほぼ0Vなのに対しチャネルAでは電源投入後17V ほどあり、時間とともに0Vに向かって徐々に下がっていく。モノラルモードではチャネルBがチャネルAに逆位相で追従する。これは通常動作である。つまりチャネルAが怪しい。
チャネルAの+VccとーVccの電圧を測るとそれぞれ+75V、-31.5Vと完全にアンバランスしている。何かがおかしい。テスターでトランジスタやダイオードの方向性を個別にチェックしてみるが特に怪しいところはない。
+VccとーVccから前段のOPアンプの電源±15Vを作っている2つのツェナーダイオードの両端を測ってみると-15V側の電圧が-3.8Vしかない。これが壊れているのか?新品と交換してみるが変化はない。ということは設計値以上に電流を食っている-15V電源の負荷があるはずだ。 多分OPアンプだろうと思って交換のためにOPアンプを外してツエナーの電圧を計ってみると確かに±15V位になってる。それではと新しいOPアンプを付けると元のアンバランスな状態に戻っている。何かがおかしい。
先ず全部の部品をもう一度洗い直そうとテスターで1個づつ計っていると、あれ?部品(R66,R67)が実装されていない。
極小(1608?)のチップ抵抗なので気付かなかった。チャネルAのボリュームに繋がるコネクタ(X6)は外しているので、この状態ではOPアンプ(IC2B)のマイナス端子が浮いていて正常に動作しないはずだ。これがアンバランスの原因か。
故障診断は振り出しに戻った。
(続く)